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無になりたい

「無になりたい」とそのOLさんは言いました。
ここのところ忙しいだけでなく人間関係でも悩み、
ある人の心ない言葉が頭の中でリピートしている。
無になりたい?
子供の頃や青春時代、
毎日が楽しくてしょうがない時、
何かに夢中になっている時、
こんなことは考えもしないでしょう。
考えことが多すぎて、頭がオーバーフローしそうな時、
瞑想に興味が出てくるのでしょう。
もちろん、そうでない人もいます。
私は、治療の先生に
「あなたは考え事が多すぎるから、ヴィパサナ瞑想をやりなさい。」
と言われたのが、きっかけです。
私の良い体験は、10日間の瞑想合宿中に起きました。
朝5時から夜10時まで、自分の一挙即一動、
心のどんな些細な変化にも気づきを入れます。
そのため、動作は超スローモーションになります。
心の動きもだんだんしっかり見ることができるようになります。
時間の感覚が延びるような感じです。
そうすると、いつも何か考えているようで、
考えていない時間がほとんどということに気づきました。
そしてその考えていない時間が心地いいのです。
それから、自分の意識するところをみていきますと、
身体や周囲のもの、目耳等から入ってくる感覚刺激、
イメージ、意欲、記憶等をぐるぐるめぐり、
一か所にとどまっていない。
仏教の言葉では(色)、(受)、(想)、(行)、(織)。
そしてどれが私かと言われると、
私は
(色)、(受)、(想)、(行)、(織)の
どれにもあてはまらない。
つまり私はどこにもいない。
その時々に意識を向けたものが私ということになります。
ヒンドゥ教では、その私を真我が観察していると説いています。
私はどちらもありだと思います。
それはさておき、無になりたいと思う時、
身体をリラックスさせ、呼吸を落ち着かせ、
心の動きを丁寧に追いかけてみてさい。
しばらくすると、
何も考えていない時間が見えてくると思います。
思いや考えは、深い湖の中のあぶくの様、
それがわかると人間の心など実にいい加減、
いまとらわれていることなど、
実にあやふやなことと感じるようになります。
よってとらわれなくなります。
無になるときは至福の時間ともいえると思います。
とすると、毎日の激務や混乱で、
無になりたいと思う時が、
まさに至福へのチケットをもらった時かもしれません。

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