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小日向白郎3

馬賊戦記 朽木寒三著より
小日向白郎が捕えられ、処刑が決まり、
ラマ寺の活仏は、武当派拳法の達人二人に命じ、
近隣の勇士を集め、救出させます。
その際、この二人の達人は命を落としました。
後からこの話を聞いた白郎は驚愕のあまり絶句しています。
この二人は中国全土に名声をはせている稀有の武術家でした。
以下抜粋、
農民革命の一形式といわれた正統馬賊の精神的よりどころは、
老子の道徳経を経典とし、広く民衆の中に伝わる道教であった。
道教は孔子によって始められた儒教が、帝王、権力者の教えと
堕したのに対し、一貫して権力と戦う民衆側の宗教であった。
貪官汚吏の圧政に抵抗して戦った数々の秘密結社、革命組織は
いずれもこの道教の思想によっておこり戦ったのだ。
満州馬賊を真に支配するものは、実に道教の総本山たる
千山無量観の大長老、葛月譚老師だった。
このように、”戦う宗教”である道教は、当然のことながら
その修法に武技をとり入れた。
道教と拳法は、馬賊たちの精神的支柱だった。従って、
武術家として知られる人は同時に、道教の世界に於いても
最高の修行を経てきた人であり、全土の馬賊から、
半ば信仰的な尊敬を集めていた。
白郎は辺地の頭目にすぎない。
その白郎の命と引き換えに、二人が命を落としたということは、
惜しみても余りある出来事であった。
白郎は心の底から狼狽した。
活仏は、平伏する白郎に、
「両義士は討ち死にをした。が、お前はその様に恐れ入ることはない。
義のために死するは任侠の本道だ。
二人は決して無駄に犬死をしたのではないぞ。」
白郎は冷や汗を流し、床上に額を押しつけて平伏したまま、
苦悶のうなり声をだした。

私は武当派武術の太極拳、意拳、八卦掌を習い、
それぞれ、達人に、お会いすることが出来ました。
達人はどれほど強いかというと、言葉にするのは難しいです。
しいて言うと、驚異的に強い・・・。
同じ人間でこうも違うものかと思うと同時に、人間の可能性は
凄いものだと感嘆しました。
私の感じたまま、お伝えすると、
大木の様な4メートル位の巨人と対している感じ。
指先まで鋼のよう。
細胞一つ一つがエネルギーで充満している感じ。
プレス機械の様なパンチ。
動けば弾丸。
等です。
このように書くと恐怖の大王のようですが、真逆で、
恵比寿様か、寿老人様のような穏やかな様子です。
その理由は筋骨を鍛えるだけでなく、
丹田を中心に養生法にのっとった体づくりをして、
五臓の状態が円満=感情も円満になるからでしょう。
(肝~怒、腎~恐、肺~悲)
その上、人徳があり、尊敬されています。
先生方は、当時の武術家と比べると、
私達は子供同然だと言います。
当時の武術家がどれほど高い境地にあったか、
もはや知るすべはありません。
武当派武術は奥が深く、仙人への道でもあります。
しかしこのような達人でも鉄砲や機関銃には無力です。
八卦掌の名人、程廷華もドイツ兵に撃たれて亡くなっています。
戦乱をさけ、多くの僧侶、武術家は台湾、香港、南方に移住しました。
共産党の支配下になり、宗教は徹底的に弾圧され、
寺院等は破壊されつくしたと聞いています。
今はもう馬賊はいません。
共産党は圧倒的な武力を持って、もはや国内のみならず、
近隣諸国を勢力下に置こうとしています。
日本も例外ではありません。

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